コーヒーのしずくと紙のしみ

好きなこと書いていけたらいいなって思います。

ホテルカクタス

 

ホテルカクタス

ホテルカクタス

 

 

 日本の冬の醍醐味はなんでしょうか。二月も半ばにさしかかりこの辺りでも記録的な積雪。朝起きて、カーテンを開けると、他の季節には見られない、景色の変わり様。白く柔らかな塊に包まれた風景は、日常にちょびっとだけ新しい空気を差し込んでくれます。

ちょびっとの新しい空気は普段と違うことをしたくなるように気持ちを昂ぶらせてくれます。こんな火照る気持ちがあろうとも、普段と何らかわりようの無い過ごし方しか出来ません。結局本を読んでゆったりと過ごすだけ。本当につまらない男ですね。

 

三人の、おかしくてすこし哀しい日々を描く。詩情あふれる大人のメルヘン。(本作内容)

 

  江國香織さんの「ホテルカクタス」この小さな物語は人生の大事なことが詰め込められているのかなと錯覚をさせてくれる本でした。

 

 

三階の一角に帽子が、二階の一角にきゅうりが、一階の一角に数字の2が住んでいました。

 

 人生なんて大それた言葉を使ってしまいましたが、作中に登場するのは人ですらない。最初、世界に理解が追いつかない、そんな奇妙な登場人物達に違和感を覚えました。読み進めている内に、こいつらが人なのかどうかはどうでもいいことで、それぞれの生き方を慈しむように丁寧に生きているのだな。と一人で納得してしまいました。個性的で、進んでいく道は違うのかもしれない。歩幅も違う。でも三人とも生きていく速度が同じ。道を進んでいくと、どこかで同じ道を歩いている時期がある。だから一緒に歩幅は違えど同じ道を同じ速度で歩むこともある。

物語の最後には、三人は違う道を歩み出す描写があります。だけどきっと、またどこかで同じ道を、思い出したかのように気まぐれに歩み出すのではないでしょうか。 

 自身の友人にも同じことが言えるのかもしれません。確信に近い予感で近い未来にまったく違う道を歩み出す。でもそのうちまたどこかで歩調を合わせて一緒に景色を見ているのではないでしょうか。そんな人が何人かいたら、生きていくだけでも悪くないですね。

 

ー「音楽は、個人的なものだな」帽子が言いました。きゅうりも2も深くうなづいて、それぞれの飲み物を啜りました。

 

 音楽のみならず、何かに触れて個人的に何を思うか、感じるか。なんてのは三人いれば、三通り。これはすれ違いと言えるでしょうか。

それぞれが個人的な世界を抱いたままに、同じ場所にいて、同じ音楽を聞いている。そんな何気ないことが一番大切なのではないでしょうか。

 

 物語に起伏が無く穏やかに優しく紡がれたこの本は、短い時間でも読めてしまいます。読み始めてから終わる頃まで、時計も気を使って余り動かないようにしてくれるはずです。