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コーヒーのしずくと紙のしみ

好きなこと書いていけたらいいなって思います。

斜陽

 

斜陽 (新潮文庫)

斜陽 (新潮文庫)

 

  毎度ながら久しぶりの投稿です。四月に前の仕事を退職し、六月からこの歳になって新天地に新生活と目まぐるしい日々を送っていました。鞄の中にはなんらかの本が入ってなにかしら活字に目を通してはいたのですが、頭の中が整理できずに何も書こうというか、書けるような手応えのないままに長らく時間を空けてしまいました。

過去の投稿を見ていても直近では言い訳じみた書いていない理由を記していましたが、なんてことはなく、何かを思うほどに頭を使っていなかっただけなのだなと感じます。

では今は書けるのかというと、実感はなく、とりあえず書いてみようと本を向き合っている次第です。

そんな心持ちで太宰治の本を手に取るというのは自分を追い込みたいマゾヒズムめいた自虐があるのかなと読後に思いました。

 

ー母、かず子、直治、上原の四人を中心として、直治の「夕顔日記」、かず子の手紙、直治の遺書が巧みに組み込まれるという構成の作品で、没落していく弱きものの美しさが見事な筆致で描かれている。発表当時から現在に至るまで賛辞の声がやまない、「人間失格」と並ぶ太宰文学の最高峰である。(本作内容)

 

 かず子の語りで綴られている、没落していく弱き者の美しさが描かれた作品。

実のところ高校生の頃に読んだ事があるのですが、余りピンとくることもなく読み通しただけだったのですが、今になって読むと、文章を通して作中に漂う灰色めいた景色が目に浮かび、良くも悪くも、本を読めるようになったのかなと思いました。

お酒を楽しむとか、ある程度歳を取ってから手に取ってみると深く入り込めるようになっていることがあり、歳を重ねてからのほうが価値があるかもなと思わせる内容です。

 終始文章に漂う灰色の不吉さが、否応なく私のような人間を引き込んでしまい目が離せない言葉運びにはっとさせられ、人生って何なのかなと改めて考える材料を与えてくれます。

 

ー革命も恋も、実はこの世で最もよくて、おいしい事で、あまりいい事だから、おとなのひとたちは意地わるく私たちに青い葡萄だと嘘ついて教えていたのに違いないと思うようになったのだ。私は確信したい。人間は恋と革命のために生れて来たのだ(作中引用)

 

 語り口であるかず子に感じるのは、理性的な人間というよりも感性で生きているように見えます。その感性が、ある場面では論理や理性と言った社会的な道徳や規範よりも、言葉にしえない説得力、力強さを秘めておりブレのないかず子には賞賛を覚えてしまいます。人間はなんのために生まれてきたのだ。恋と革命のために。どう捉えるかは難しいです。恋と革命、あえてこの場面で言うならばなんらかの形で、子孫や偉業と言った、生きた証を刻みつけたいと望むことなのかもしれません。

 

いまの世の中で、一ばん美しいのは犠牲者です。(作中引用)

 

 物語の最後に一節出てくる文章ですが、これを読んだ時に「なるほどな」と納得してしまいました。滅びの美しさを描いた作品だなと私はここを読んで感じました。

斜陽とは、夕日や西に傾いた太陽と言った意味の他に、かつて勢いのあったものが時勢の変化についてゆけず傾いていく様を表しています。この場合の題名の意味は後者の「時勢の変化についてゆけず傾いていく様」であり、夕日といった暖色よりも、先ほどいったような退廃的な灰色の色合いが強く出ている作品です。

 

 劇的な結末や、想像を越えるような顛末がある作品でないですが、統一性があり一ページ一ページに対して登場人物の姿勢がはっきり見えます。読みやすいかと言われると、太宰治の作品に共通することですが、人を選んでしまう小説です。

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