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コーヒーのしずくと紙のしみ

好きなこと書いていけたらいいなって思います。

利己的な遺伝子

 

利己的な遺伝子 <増補新装版>

利己的な遺伝子 <増補新装版>

 

  夏、それいいんじゃないかしらと思わせるような暑さが続いております。けたたましく過ぎる日々に流されてあっという間に2016年も半分以上が終わってしまいました。どうせ大したことしていないのだから、といつも通り過ごしているつもりでしたが何をすでもなく時間を無駄にしています。最高に贅沢な生き方です。

 

最近「生きる」ということ自体をよく考えています。もとより人間を28年ほどやっていたのですから、それなりに生きているつもりでしたがそんなことは全く無く気がつけば28年生きていたという事実しか残っていません。この調子だと今後もそんな風に生きていくのでしょうね。

さて観点を少し変えまして「生きる」ということを「生物としてまっとうする」と捉えたときに、どのような役割、あるいは目的を遂行するべきなのかと考えました。

稚拙ながらも遺伝子にまつわる本を手に取り、参考にしようとした次第です。率直な感想を言うと「深いとこから攻めすぎた。」です。

こちらの本は著者が示した一本道を寸分違わずに追うことは非常に難しい内容となっていました。私なりの理解を記してみようと思います。これをどう取るかは読み手次第です。

 

ー「なぜ世の中から争いがなくならないのか」「なぜ男は浮気をするのか」―本書は、動物や人間社会でみられる親子の対立と保護、雌雄の争い、攻撃やなわばり行動などが、なぜ進化したかを説き明かす。この謎解きに当り、著者は、視点を個体から遺伝子に移し、自らのコピーを増やそうとする遺伝子の利己性から快刀乱麻、明快な解答を与える。初刷30年目を記念し、ドーキンス自身による序文などを追加した版の全訳。(本作内容)

 

 この本はほぼサイエンス・フィクションのように読んでもらいたい。イマジネーションに訴えるように書かれているからである。けれどこの本は、サイエンス・フィクションではない。それは科学である。いささか陳腐かもしれないが、「小説より奇なり」ということばは、私が真実について感じでいることをまさに正確に表現している。われわれは生存機械ー遺伝子という名の利己的な分子を保存するべく盲目的にプログラムされたロボット機械なのだ。(本作まえがき)

 

 人はなぜいるのか。この問いに正確に答えられる人は多くないと思います。生き物として捉えるならば「子孫を残すため」。個として応えるならばおそらく人の数だけ答えがあるのでしょう。ここでは利己的な遺伝子にコントロールされた生存機械としての答えは「遺伝子自体を淘汰から生き残りさせるため」に私達は「遺伝子よって生かされているのでしかない」というのが一つの答えです。

 

 そもそも「利己的な遺伝子」の「利己的」しいては「己」とは何を指しているのでしょう。”selfishness”利己主義、”self”(自己、自我)であるにもかかわらず、本作ではあらゆる遺伝子を単一の個として捉え、そいつにとって都合が良いように私達は「己」に生かされていると理解ができます。いささか納得できないのですが、もしかすると著書が言うような誤読の罠に陥っているのでしょうか。

 

 ここではたと気が付きます。「利己的な遺伝子」にとって「私の遺伝子」を残すこと自体はどうでもいいのです。「私の遺伝子」は兄弟や従姉妹、さらに他の親族になんらかの共通した遺伝子があります。それを誰かが、なんらかの形で残すことが出来たのなら遺伝子にとってそれで問題が無いのです。遺伝子全体にとっては私がどうしようが関係ないことなのです。

私には兄がいて、兄が結婚し子どもが出来たときに私は頭のどこかで「私の役割はなくなったな」と感じたことがあります。自分の考えを肯定する訳ではありませんが、私の中の遺伝子はもう私自体に大して特段の期待を持たなくなったのかもしれません。かと言って私の中の遺伝子自体が完全に諦めたわけではないと信じたいものですが。

 

遺伝子の戦略は「子孫繁栄をすること」ではなく「淘汰を生き残ること」。

南極のコウテイペンギンたちは、アザラシに食べられる危険があるため、水際に立ってとびこむのをためらっているのがよく見られます。彼らのうち一羽がとびこみさえすれば、残りのペンギンたちはアザラシがいるかどうかを知ることができる。当然だれも自分が英気にはなりたくはないので、全員がただひたすら待っている。そしてときどき互いに押しあって、だれかを水中につきおとそうとさえします。

意図的に彼らはそうしているのではなく、遺伝子に刷り込まれた行動として上記のような対応をしているのでしかなく、ここで淘汰を生き残ることさえ出来れば「利己的な遺伝子」の戦略にとって問題がないのです。

普遍的な愛だとか種全体の繁栄などと言うものは進化的には、遺伝子にとっては、どうでもいいことなのです。このあたりの読み違いをしてしまうと全体の内容が納得いかないものになりかねないです。

 

 主体的な「生きる」こと自体の参考にはならないのですが、こういった観点はなかったために知的好奇心が刺激される内容となっております。初版から30年以上経っていますが、未だに根強く残っているのも納得のいく内容です。