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コーヒーのしずくと紙のしみ

好きなこと書いていけたらいいなって思います。

スティル・ライフ

感想

 

スティル・ライフ (中公文庫)

スティル・ライフ (中公文庫)

 

 

 良くしてくれる人が絶賛していて興味を持って手に取ったのは池澤夏樹さんの「スティル・ライフ」でした。本を手に取る前、本の話を聞いた帰り道、夏祭りの帰り道みたいに尾を引く気持ち、小さな大事なことをやり残したような気持ちを抱いて退屈な電車に乗り、目の前に座る人が読んでいたのがまさにこの本ということがありました。知らなければ気付かなかったこと。気づくと同時に小さな大事なことはどこかにいってしまいました。こういうことってよくありますね。

 

ー遠いところへ、遠いところへ心を澄まして耳を澄まして、静かに、叙情をたたえてしなやかにー。 (本作内容)

 

 小説を読んでいると、頭の中に登場人物の容貌や場の雰囲気が想像させられます。池澤夏樹さんの「スティル・ライフ」は、水みたいな日常の上を漂う油のような非日常を丁寧に一つ一つ掬い取っているような印象、音楽が流れていない静かな日常がノイズの入った古い邦画を見ているように再生されました。

 表題にもある「スティル・ライフ」は二人の青年のお話。無音のシーンが流れ続けるように、淡々と物事は進んでいく。作中に一人があることを打ち明け出すとようやく静かなBGMがなりだした。ほんの少しだけ物語が結末に向かい始めたように画面が動き出す話です。

 

ー大事なのは、山脈や、人や、染色工場や、セミ時雨などからなる外の世界と、きみの中にある広い世界との間に連絡をつけること、一歩の距離をおいて並び立つ二つの世界の呼応と調和をはかることだ。たとえば星を見るとかして。

 

 登場人物の一人は決して多くを求めない生き方をしています。彼の中の広い世界と外の世界を一歩の距離を保ち同期をとっているのでしょう。外の世界とは、人間が人間として作り上げた社会、経済があり規則があり心のある社会を指しているのではないかなと思います。その世界と自身の世界の距離の呼応と調和をはかることというのは、彼のような生き方を表しているのでしょう。

 たとえば星を見るとかして、自分の目の前に広がる人間が社会的であるように安全な外界として作られた世界と、自分の中に広がる一万年以上前、心が星に直結していて、地球的で地上的な世界と目前の狩猟的現実が精神のなかで併存していた世界を照らし合わせる。二つの世界の呼応と調和をはかることとは、自分の感じる真理と人が安全に生きていけるように作られた真理の、呼応と調和をはかることと言えるのかもしれません。

 

 久しぶりに小説の世界の中に没頭して、読む前と読んだ後では日常に新しい色彩が増えたかのような感覚になれました。増えた色は私の二つの世界にどんな影響を与えるのかはわかりませんが、出会えて良かった小説でした。