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コーヒーのしずくと紙のしみ

好きなこと書いていけたらいいなって思います。

何も無いことが、ある

雑感

 一月二十一日、京都は東寺のお初弘法。

 空海上人が入寂された3月21日に因んで、もともとは年一回だったのが毎月21日に開かれるようになった楽しい骨董市です。生憎の平日だったのでいけませんでしたが、是非とも行きたいステキな催しです。元来、縁日というのは神様や仏様が現世に縁を持つ日ということらしいです。神様や仏様もお寺に来られているんですかね。

 東寺に限らず、お寺にはこういった日に参拝すると多大な功徳を受けられるらしいので、何かの折には意識して参拝されてみてはどうでしょうか。

 

 宗教を語るほどに、何らかの信仰心を強く抱いているというわけではありませんが私も含めてほとんどの日本人は、世界でも独特の宗教観を持っているように感じます。無宗教と言われていますが、神社・仏閣に参拝はする。縁結びの神様がいるとなれば若い人たちがこぞって参拝する。おみくじの結果に一喜一憂し、お仏壇に手を合わせる。クリスマスは盛大に祝い、イースターでさえも便乗セールをやる。こんな人達が、仏教かあるいは、なんらかの宗教を信仰していないというのも甚だおかしいです。

 

 七つの大罪のいくつかを犯していると言われたり、百八の煩悩の7割以上に悩まされているような私でさえも地元のお寺にいけば、線香は使い放題なんだよ(話によると有償らしいです)と備え付けられている線香を鷲掴みにしながらも、本殿や大師殿に線香をあげてお賽銭を入れて感謝の辞を胸の内で述べてしまうので、まったくおかしな話です。

 多くの日本人の感覚で宗教を語ろうとするのならば「世界に広く分布する一神教とは違い、日本には古代より八百万の神がいる。だから私たちは特定の神様を信仰しているわけではない。お米の一粒一粒に仏がいる、と言うように日々の生活一つ一つが信仰につながっている。」(特定の神様を信仰しない、だから)無宗教というのではないでしょうか。

 

 私自身は自称仏教徒ではあるものの、正式に受戒あるいは帰敬を、してもいないししたくもないので本当の意味での仏教徒ではありません。けれども般若心経に興味をもってお遍路を回ったり、仏教と関わっている空海親鸞の思想に触れて共感することはできます。

 

 仏教を語る上でその思想に触れなければなりません。仏が伝えた言葉を理解するには、思想に触れていると実感するには、今の私達の環境では般若心経が一番お手軽で手っ取り早いんじゃないのかなとも感じます。

 

 現代語訳されたファンキーな般若心経というのもありますね。私が思うのはすごくよく言い換えられていていいのですが、わかりやすくした結果ある部分ではもともとの意味から遠ざかっているんじゃねえか?とも思います。

この現代語訳でも、もともとの般若心経においても、一番耳馴染みがあって一番理解しておかないといけない節は「色即是空、空即是色」ではないでしょうか。

色とは、私たちが生きているこの世界、人も含めあらゆる生き物も、自然も現象も宇宙にあるものも全部五感(第六感も含む)で知覚できる唯物的現象として存在するものに言葉を当てはめたものである。
もうひとつの空とは生命の奥にある、何か。宇宙を宇宙たらしめる、何か。唯物的現象を唯物的現象たらしめる、何か。あらゆる事象の根底にある何かは私たちの言葉で当てはめたら(便宜的に)「空」である。 

「色即是空、空即是色」色とは空であり空とは色である 。
唯物的現象(色)とは、即ち唯物的現象を唯物的現象と足らしめる何か(空)である。「色」と「空」は別ものではなくて、「空」が唯物的現象となって現れているのだ。

苦しいとか楽しいと感受する感覚も感覚に応じて現れる想念も、行動を促す意志や衝動も認識や知識などの意識もすべて「空」のはたらきである。あらゆる存在の法則が「空」なのだ。「空」は生まれることも消えることもない。足りなくも完全であることもない。だからこそ「空」の次元にはいかなる物質的現象もなくあらゆる感覚器官もなく、それらの働きも働きの対称もない。

 

 長くなりそうなので、ここらへんで切り上げますが、私なりにはこういう解釈をもって般若心経を理解しようとしています。時々、自分って何だ?とか自分の存在を疑うような思考をしていた私ですが、こういう風に考えると、的確な答えは思いつきませんが、なんとなく自分って自分だな。とか存在を疑うとかどうでもいいよなって解釈できます。

ある意味では般若心経は、世の中に多くある言葉の上っ面の油かすをすくい取っただけのゴミのような自己啓発本とは次元の違う、究極の自己啓発なんじゃねえかとも感じます。

 

 

 偉そうに持論を述べていますが、私も完全に理解しているかと言われると全然ダメだなと思います。人生での理想を一つあげるのなら、死ぬ1時間前までに般若心経を理解できたら満足かもしれません。もっと言えば、それを綴ることが出来たら最高ですね。

   細かいことを気にしないでいるには、悟りもなく苦悩もないことごとく何もない、という事を理解しないといけないのかなと感じます。そのヒントというか答えみたいなものが般若心経に秘められているのかなって思います。

 

 宗教の話ではなく、思想の話です。

 

般若心経・金剛般若経 (岩波文庫)

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