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コーヒーのしずくと紙のしみ

好きなこと書いていけたらいいなって思います。

はたらきたい展にいき

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 大晦日の夜は普段より特別で意識してしまうのですが、この朝はいつもと変わらないように感じます。

一年の最後の朝を気にしないで過ごせるなんて、穏やかで悪くないんですね。

 

 働くことを意識してしまうと昨日書いたのですが予てから丁度良いタイミングだなと思い、月曜日に梅田ロフトでほぼ日の「はたらきたい展」が催されているので見に行ってきました。http://www.1101.com/parco2013/index.html

1月19日までの展示なのでお時間のある方はぜひ行ってみてください。

 

 短いながらも仕事をしていて、「働く」ってなんだろうな?って考えることが多くあります。まだやっていることは研修の身なので大したことはないんですが、曲りなりにも給料をもらっているので、自分のしていること、会社の利益、そしてお給料を頂くことの関係を考えざるを得ません。

 

 今のところ「(会社に属して)働くこと」の持つ意味?意義?というのは「現在の専門性の集中」だと感じています。
今、目の前にある課題に対して問題解決能力を養うには働くことは手っ取り早い。
つまり、会社に所属せずにいれば、あらゆることに対しての可能性が見いだせるが故に、自身の専門性を一つ(あるいは二つ、三つ)に絞ってスキルを伸ばしていくのは、余程の目標が無い限り難しい。その点、会社に所属すれば、待っていても問題が与えられる。今ある課題に対しての創意工夫が求められる。結果として「現在の専門性の集中」を行えるんじゃないかなと思いました。
営業部門なら営業のスキルに呼応した。技術部門なら技術のスキルに呼応した。といった課題を解決し、そこから将来性(生活も含む)を見出すのなら会社に一度所属して、向き不向きの判断あるいはスキルを伸ばすというのが行い易い。
もちろん上記のことは当たり前の事なんですが言いたいことは「現在の専門性の集中」。問題点、技術の向上を与えられた課題から見出していくこと。

 もちろん会社に属しておらずともそれらは可能なんですけれど、お金もらってやるほうがいいよね。だから会社に社会に所属して働くんだよ。専門性を伸ばしていくんだよ。という・・・風に。

ちなみにここには将来の生活や在り方自体は、まっっっっっっっったく視野に入れてないので、そのあたりの着地点がわからない。将来と言ってもいろいろあるでしょう。

 

 割りと漠然とした認識ですが、当たっている所も当たっていない所もあるのではないでしょうか。その辺りは本気で人生の先輩達にお話を伺いたいです。

 

 肝心のはたらきたい展では、働くこと自体にはこれでいいかもと肯定できて、そしてもう少し「はたらくこと」「やすむこと」「あそぶこと」あるいは社会的だとか経済的だとかも絡めて考えていこう。

そして、みうらじゅんは偏った天才です。

 

 最後に展示に「99のはたらく言葉」という15年ぶんのほぼ日刊イトイ新聞アーカイブから99のはたらく言葉を選り抜いたものがあり、遠慮なくすべてのカードを持ち帰りました。ひと通り目を通した中で、結局というのか当然というのか、一番衝撃的な言葉は吉本隆明さんの次の言葉でした。

 

「十年間、毎日ずうっとやって、もしそれでモノにならなかったら、俺の首やるよ。」

 

 まさにこれじゃねえか。